物事は始まれば必ず終わるけど、ずっと無くならないから精一杯終わりに向かっていきたい。
髪切りたい、堀です。
よくメンタルが弱い事をガラスのハートって表現をするけど、それってまぁまぁ丈夫なような気がする。
ガラス板や瓶なんかは薄っぺらいから簡単に割れるけど、ガラスでできたハート(心臓)はガラスの塊になるから、ハンマーで叩くにしても結構強く叩かないと割れない。欠ける程度だと思う。だからガラスのハートって、実は強いメンタルの人が持つモノなんじゃないかなと思う。
でもコイツ、厄介。割れたら誰かを傷つけるかもしれない。ガラスのハートは、できれば持ちたくない。
〜ほりしゅー。外耳炎だってよ〜
さて、ほりしゅーは今、外耳炎です。
左の耳の中にポコッとデキモノがあるらしく、ちょっと聞こえが悪い。不便だし、かなりのストレスである。
実は一ヶ月くらい前にもなった。その時はすぐになおったから、特に医者とかには行かなかったけれど、今回はちょっとひどそう。
合わせて耳垂れもひどくて、かゆい。耳かきしたくなる。でも出来ない。触っちゃうとだめ。でもかゆい。むずむず。。。
作業もはかどらないから、ブログでも書こうかと、そういう魂胆である。
耳のあれこれと言うのは、やはり怖い。僕みたいに音楽に携わる人間からしたら死活問題だ。大事にしなければいけない。
でも実際問題、酷使してしまっているのが現状。必然的に大きな音に接しているし、ライブハウスの音なんかは明らかに大きすぎるし、CDの音も(特に日本の場合)音圧が上がり過ぎている。波形で見ると波が分からない程上限(0デシベル)に張り付いている。いわゆる"海苔"とよばれる状態だ。
正直この現状は、耳に悪いだけでなく音楽的にも良くないと思う。大きすぎる音は、各楽器の鳴りが分かりにくくなるし、抑揚もなくなってしまう。
でももう世間一般はその大きすぎる音に慣れてしまっているから、それに合わせて音を創っていかないとどこか聞き劣りする音に感じてしまう。結局大きすぎる音になってしまう。
この負のスパイラルはどこかで解消されなければならないと思う。この過度な音圧によって台無しにされている良い音楽がたくさんある。
〜 迫力 < 音楽性 〜
まぁ場合にもよるけれど、迫力ってそんなに必要だろうか。 音として自然に聞こえる音の方が僕には魅力的に思う。
あと街に流れる音も、騒がしい。別に音なんて流さなくても、人のざわめきや風の音木の音で十分賑やかだろう。
ネットの中でなくても、情報は溢れすぎている。
どうでもいいが上の住人がうるさい。
では。
堀